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調教師時代その後
惜しまれながら引退した田原成貴は1年間の修行を得て、1999年栗東で田原厩舎を開業することになります。開業当初から有力馬主の預託や、オリジナルグッツ販売などのユニークな営業が話題になり、同年初出走で初勝利を挙げまた、翌年2000年には、フサイチゼノンでの重賞初制覇など、騎手時代同様順風満帆の開業スタートを見せたかに見えました。
しかしすぐに状況は一転します。初重賞馬のレース出走を巡り、有力オーナーと対立、同オーナーの所有馬の転厩をキッカケに、翌年2001年には調教馬に小型発信装置を取り付けて調教を行なっていた事が発覚、その後2001年10月、テロ直後の厳戒態勢が敷かれる中、機内にナイフを持ち込もうとした事で、銃刀法違反で現行犯逮捕、その直後麻薬所持も発覚し、覚せい剤取締法違反で逮捕され、一面ニュースに載ることとなりました。
この事件の後、JRAの弁明機会の場にも出席せず、そのまま調教師免許剥奪処分となり、その6日後東京地裁にて懲役2年執行猶年の刑が確定します。それを受けてJRAより翌年2002年1月を持って競馬界15年の追放処分となり競馬界から姿を消すこととなります。その後2009年再度大麻所持で逮捕され競馬界永久追放の処分が下される事となりました。
輝かしい栄光と、一連の事件、あらゆる意味で競馬界伝説の男となった田原成貴。彼の競馬人生とは一体何だったのでしょうか。以下過去の歴史を詳しく紐解いていきます。
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