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数回の致命傷
初の全国リーディングを獲得した翌年1984年は、グレード制導入後初年の桜花賞制覇、2年連続全国リーディングジョッキーを獲得するなど順調な年だったと言えます。しかしこの年2度の落馬があり、怪我の影響で翌年は騎乗数が制限されることになります。
そして怪我も回復した翌年1986年6月21日京都競馬場で落馬し、後続馬に腹部を蹴られるという、大事故に遭遇します。その結果左腎臓摘出という重傷を負います。
しかし田原は1日1騎乗という条件で同年9月に復活を遂げ、翌年から通常の騎乗を再開、そして同年名牝といわれるマックスビューティに騎乗し、桜花賞・オークスを連覇、見事に復活を遂げます。
しかし運命は皮肉であり復活を遂げ無事に騎乗を果たしていた田原成貴は1990年コガネタイフウでまたしても落馬の憂き目に遭います。1ヶ月後には復帰しますが、この時以来、腰を痛めたとされており、また数回の落馬による怪我による蓄積もあって、今後引退まで騎乗数を制限するようになっていきます。
数回の怪我を得てジョッキー生命を絶たれたかに思えた田原成貴の騎手人生ですが、この時より、数多く乗る事よりも、自身の競馬スタイルを磨く事を選んだと言われております。皮肉にも田原成貴の魅せる競馬の原点といえるのではないでしょうか。
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