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デビュー後の快進撃

1978年騎手デビュー後、初騎乗で初勝利を上げまた、同年今は無きタマツバキ記念(アラブ馬限定レース)で重賞初制覇を果たすなど、1年目で28勝を達成し、関西新人賞を受賞します。そして翌年には64勝を上げ関西リーディングジョッキーとなる快挙を達成します。当時天才と呼ばれていた福永騎手の引退とも重なり、福永騎手に変わり天才と呼ばれていました。
その後は毎年、河内騎手とリーディング争いを展開、1983年にリードホーユー騎乗で有馬記念に勝利しG1(当時は8大競争と言われる)を初制覇し、中京競馬場で1開催20勝の記録達成や初の全国リーディングジョッキーも獲得しデビュー後から最も華やかな時期を迎えます。
元祖天才田原はデビューから華々しい活躍を挙げ将来を約束されていた騎手だったといえるでしょう。しかしその後田原は数々の怪我に悩まされる事になります。そのため自身でも騎乗数を制限するようになったと言われており、リーディングジョッキーという舞台からは姿を消して行くようになります。しかし彼の騎乗は数より質を選ぶ事を意識しており、またファンにとって魅せる競馬を始めていくのも、正しく怪我が転機であったといえるでしょう。特に1986年の怪我は彼にとって大きな転機となったのではないでしょうか。以下に紹介していきます。



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